【親の口出し】子供をダメにする親の特徴「話の横取りは毒親に繋がる!ポイントは気持ちを遮らずに尊重するだけ☆」
生後176日になりました。まだまだ0歳にも満たない5ヶ月な赤ちゃんですが、今回は近い将来のことを考えて素直な子に育ってもらえるよう自分に何ができるかをまとめてみました。
思えば私の遠い彼方の幼少期を思い出してみても、親に自分の発言を遮られて何でも知っているかのように代わりに話されることは多々ありました。
そんなことに慣れた子供は、自分から積極的に話をしようというキッカケをどのようにしてよいのか分からなくなります。
実際に親が口出しをすることで、こどもにどのような影響があるのかを考えてみました。
そして、親として子供にどのように接すればよいのかもまとめてあります。
以前の記事と合わせて参考にしていただければ幸いです。
赤ちゃん密着24時(生後176日)
生後176日です。寝グズりもほぼなくなってきました。
最近は寝付きもとてもよく、寝る前のミルクを飲んでいる最中に眠そうな仕草をすることもあります。
お風呂から出て、体も温まってくると寝る時間ということがわかってきたのかもしれませんね。
この日は19時に寝付いた後は、7時間ほど連続で寝続けました。
夜泣きで目覚めたのは深夜の2時頃です。さすがにまだ眠かったようで、その後は2時間ほど眠りました。
昼間はまだ定期的にこの時間にお昼寝というものは定まっていません。
ミルクを飲む度にねむくなる感じなので、ほぼ3時間おきに30分のお昼寝タイムがついてきています。
時間 | 尿 | 便 | 授乳 | その他 |
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0時 | ||||
1時 | ||||
2時 | 1回 | 1回 | ミルク120cc | |
3時 | 1回 | 1回 | ||
4時 | ||||
5時 | ||||
6時 | 1回 | 1回 | インクレミンシロップ ミルク120cc | |
7時 | 3回 | 1回 | ||
8時 | 1回 | |||
9時 | 1回 | BF | ||
10時 | 1回 | ミルク120cc | ||
11時 | 2回 | 1回 | ||
12時 | ||||
13時 | ||||
14時 | 2回 | 4回 | 1回 | ミルク120cc |
15時 | 1回 | 1回 | 1回 | |
16時 | 1回 | 1回 | お風呂 | |
17時 | 2回 | ミルク120cc | ||
18時 | 1回 | |||
19時 | ミルク120cc | |||
20時 | ||||
21時 | ||||
22時 | ||||
23時 | ||||
合計 | 13回 | 9回 | 8回 | 重6,600g(前日比-50)【睡眠】約14時間 【体温】36.6度 ミルク720cc |
この日の離乳食(5日目)
お粥を舌で押し出す仕草がみられたため、トウモロコシと混ぜてあげてみました。
そうすると、嫌がることなく受け入れたのでお粥が苦手疑惑が浮上です。
でも、今は食材の食感などの練習の時期なのであまり混ぜずに試すように心がけたいと思っています。ちょっと反省。
- お粥(小さじ1)
- トウモロコシ(小さじ1)
子供の話を横取りしてませんか?
大人や親というものは、知らず知らずのうちに「こうでなければならない」という縛られた考え方に支配されていることがあります。
親は子供に対して、必ずしも忠告や叱りの言葉をなげかけてあげる必要はありません。
心に響くような言葉を言ってあげないと親ではないと変に身構えていないでしょうか。
必ずしも一から100まで何でもやって上げる必要はありませんし、言って上げる必要もあるのかを考えてみてください。
その変な気構えが、子供のことを結果的に抑えてしまっていることに気がつくことができれば親子の関係をさらに深める結果となるでしょう。
子供の話を遮って、横取りするように価値観を押し付けていくと自分から言葉を発することが難しくなってしまいます。
ちょっと誘い水をかけるように、話すキッカケを作る程度で子供は何でも話してくれるようになるはずです。
子供のすべてを理解するなんて不可能ですし、何から何までやってあげる必要がないと気づけば肩の力も抜いて接することができます。
我々、大人の社会でも人の話を横取りするような人に自分から好き好んで交流を深めようと思わないはずです。
こちらが話しているときに、話をさえぎって自分のことばかり話す人を良く思わないと感じるのは大人も子供も一緒です。
肩の力を抜いて、親であるべき姿を誇示することをやめて子供が話してくれるのを待っていれば自ずと何でも話しかけてくれるようになります。
上から目線ではなく、子供の気持ちに寄り添って「なんか楽しいこと合ったの?おしえて~」「元気ないね?なにかあった?」程度で十分です。
子供にだって話したいときと、話したくないときだってあるはずです。話してくれなくても、それはそれで良しとします。
短くさらっと誘いの言葉をなげかけるだけで、あとは話してくれるタイミングをじっと待ってあげてください。
深追いせず、追求せず。焦ることなく気持ちに寄り添って待ってあげましょう。
親の口出しが与える影響
子供の意思表示を抑え込むかのように、親が口出しをし続けていると子供だってバカではありませんので気がついてきます。
言いたいのに言えない。やりたいのにやれない。というジレンマに襲われて次第に自信すら喪失していくことでしょう。
誰かになにか意思を伝えるときでさえ、オドオドしたり目に涙をうかべて普通に発言することすら困難になります。
集団で発言することなんて出来るわけがありません。
誰かに言葉を遮られたり、話を横取りするのが怖くなって萎縮してしまうのです。
普通に人と会話をすることができたり、自分の意見をハッキリと主張できるひとからすれば理解ができないことかもしれません。
しかし小さい頃から親に口出しをされて育ってしまうと、自分の意見を主張するのが難しくなってしまうのです。
親も子供に口を出すことが癖みたいになってしまって、ついつい子供に対して口うるさく聞くことに徹することが出来ない人も多いかもしれません。
でもそこはグッと堪えて、子供の言いたいことをまずは聞いてあげることに集中して心を静めるように黙っていることが大切です。
一生懸命に自分の言いたいことを何とか伝えようと、時には目に涙を浮かべながら表現してくれるのでしっかりと受け止めてあげてください。
こんなに熱い想いを内に秘めていたんだと、親であれば切なくなって感情があふれてくるに違いありません。
子供だって親が聞いてくれて気持ちに寄り添ってくれていると実感することができれば、もっともっと何かを言いたい仕草をしてきます。
もしかしたら「聞いてくれてありがとう」と、感謝の気持ちを伝えるようになることだってあります。
親として生きるためのヒントや解決策を提示してあげることは確かに大事かもしれません。
でもそれ以上に、子供の気持ちに寄り添って話を聞いてあげることが大切なことであると気づいてほしいです。
子供だって一人の人間です。心にモヤモヤがあれば、口に出して話している内に気持ちの整理だってつくことがあります。
親が解決策を示してあげなくても、自分自身で気持ちを完結することだってできるんです。
自分の言いたいことを言葉にできて、それを受け止めてくれる人がいるだけで子供は素直に育ってくれるはずです。
あれこれと世話を焼いて、何から何まで手伝ってあげてしまうと世話に頼りっきりで自分の気持ちまでも整理できない子に育ってしまいます。
イライラしたり落ち込んだとき、自分の言葉で気持ちを表現することができれば親は受け止めて見守るだけで十分です。
子ども自身が自分なりの解決策を見つけられるように、背中をおしてあげましょう。
自分で乗り越えたという自負が、心に充実感をもたらせます。
力もわいてきて前向きになり自信に満ち溢れる姿を想像しながら、親は子供を信じてあげてほしいものです。
トラブルを複雑にさせる決めつけ行為
最近は、いじめによる悲しい結末を報道などによって多く目にする機会があります。
そんなこともあり、子供同士のトラブルを目の当たりにしたら反射的に「いじめ」を連想してしまうケースもあることでしょう。
しかも自分の子供が学校や幼稚園から帰ってきて、表情もさえずに塞ぎがちだったら気になって仕方がないのは当たり前のことです。
「なにかあったの?」と訪ねても、上の空での返事で「べつに」という返答に親は心配をよそに問い詰めてしまうこともあります。
「いじめられてるの?」「そうでしょ」「だれにやられたの」と一方的な言葉を浴びせてしまうのは注意が必要です。
子供の表情がいつもと違えば、何か心に楽しくない気持ちがあることが明らかです。
しかし子供自身は、その気持をどのように表現してよいのかわからないでいる場合があります。
言い表すことが難しくて表現に悩んでいるときに、一方的に親から言葉での表現を急かされると「うん、そうなの」と良く考えもせずに答えてしまいます。
そうすると、親も「それみたことか」と一方的な決めつけで「いじめ」を決定付けてしまうことだってあります。
ここまでくると歯止めも効かなくなってくることさえあります。
親はいじめと思い込んで、さらに子供を追求するようになることでしょう。
本来の子供の落ち込みに対する追求はおろか、いじめという固定観念にしばられて聞く耳を持ちえない状態になります。
いじめというものは「弱いものをやりたい放題攻撃して、その様子を見て楽しむような行為」です。
最低極まりない行為ですが、子供同士の関係にはいじめ以外にも色々とトラブルはつきものです。
感情がたかぶって手を振ったら、たまたま近くにいた子を傷つけてしまうこともあります。
自分が遊びたかったオモチャを先に手に取られて、欲しいから奪う。取られた方の子は泣き叫ぶ。ということだってあります。
ひとりではないですから、子供が集団で何人かと時間を共にすればトラブルは当たり前のように起きるものです。
小さな火種で掴み合いのケンカになったり、楽しく会話してると思ったら暴言を吐きあったりするのも日常茶飯事です。
子供にだって「泣き虫」「弱虫」「わがまま」「乱暴」「優しい」といった個性もあります。
一人遊びが好きな子だって、友達と遊ぶのが楽しい子だっています。
小さい頃から保育園などで集団生活に慣れている子であれば、子供には個性があって色々な体格や運動能力などタイプがあることだって親よりよく知っているかもしれません。
この子は「気が小さいから守ってあげなきゃ」といった、子供の世界ならではの配慮だって存在しています。
子供だからといって舐めてはいけません。ちゃんと人と人とのやり取りを理解しているんです。
そんな中でもトラブルは起きてくるものです。大人の社会だってトラブルは起きるのですから当たり前のことですよね。
子供の気持ちを尊重する
大人は反射的にトラブルが起きると悪い元凶を探してしまいがちです。
強者と弱者を区別して、弱者を守って悪を挫くという思考を直感的に働かせてしまいます。
しかし子供同士のトラブルには、この考え方がより事情を複雑にしてしまうのです。
子供は大人以上に、起きてしまったトラブルに対して不本意に考えています。
そんなときに、大人が割って入って加害者と被害者を選別して勝ち負けの図式を持ち込んでしまうと解決するものもしなくなります。
大人の価値観で勝ち負け一辺倒の思想を押し付けないことは、日頃の心がけとして注意すべきポイントです。
仲良しグループで起きた気持ちのズレによるトラブルに対して、子どもたちは善悪なんて求めてはいません。
起きてほしくなかったトラブルとして不本意に思っているはずです。
そのことを親は理解して上げる必要があります。それが教育の第一歩だからです。
「加害者=悪い」「被害者=可愛そう」という図式を持ち込んでしまうと、子供もその思想に染まっていってしまいます。
起きてしまった不本意なトラブルは子供の自我を育てる絶好な機会であるのに、大人の間違った決めつけにより冷酷な犯人探しへと発展してしまうからです。
尊重が自我を育てる
以前の記事で自我について詳しくまとめました。
心の捉え方をしっかりと理解することができれば、子供のトラブルは自我を成長させることができる絶好な機会であると認識することが出来るようになります。
簡単に自我についてまとめると
- 「我」…自分の言うことを聞いてもらいたい心のこと。エゴイズムともいう。
- 「超自我」…人の事情を理解してあげる心のこと。スーパーエゴともいう。
- 「自我」…我と超自我を踏まえて、それでよかったと納得できる心。エゴともいう。
子供はトラブルの中で「我」と「超自我」といった2つの心で葛藤します。
悩んでそして、自我を働かせてトラブルに対して理解をすることで納得する心を成長させていくのです。
子供だけでなく、我々大人の中にも個々のバランスは異なりますが3つの我という心は存在しています。
自分自身で納得することができれば、大人が勝ち負けを決めつけて割り込む必要なんてそもそもありません。
子どもたちで話し合って、お互いの気持ちを理解するように努めてさえいれば「わかってくれればそれでよいの」という気持ちが芽生えます。
善悪を決めつけずに納得することができれば、子どもたち同士の絆を断つことなく自然と深まっていく結果になることでしょう。
必要なのは子どもたち同士が、善悪を追求することではなくお互いをわかり合おうとする心です。
わかり合おうとする自我を育むことができれば、他人の心を理解しようとする気持ちも育むことが出来ます。
自我が成長することで、自分の振る舞いが他人に与える影響について気がつくことが出来るでしょう。
仲間はずれになった人の気持ちも、どんなにつらいことなのかも素直に理解することが出来るようになります。
子どもたちは、こうした集団生活を大なり小なりのトラブルから発見を繰り返し心の成長の場としています。
お互いがお互いをわかり合おうとする心である「自我」を発達させることこそが重要ということが理解いただけたかと思います。
そして、親が子供のために出来ることは尊重する心をもって見守るということです。
子供の気持ちに寄り添って、今どんな気持ちでいるのかをイメージしながら一生懸命に表現しようとする姿勢を大事にしてあげたいものですね。
生後176日まとめ
さて生後176日目でした。今回は親が子供に口出しをしなければ、こんなにも表現力に差がでるといった事柄についてまとめてみました。
子供も子供なりに集団生活の中で親以上に、仲間同士のことを理解しようとする姿勢をすでに持ち合わせているということが良くわかりました。
あとは親の心構え次第ということにも気が付かされましたね。子供が感情を爆発させて、時には罵り合って泣き叫んだりすることこそが心の成長になっているということでした。
自分たちの力で乗り越えたからこそ、それが自信となり明るく前向きな気持ちにもなっていくのでしょう。
こう表現したいという自分の気持ちも、素直に示すことができるのも色々なトラブルを乗り越えてこそです。
自分の気持ちだけでなく、他人の気持ちも理解できる優しい子に育って欲しいのであれば子供の気持ちを尊重してあげたいものですね。
「なんで、話してくれないの」と追求するよりも、「そのことを話したかったのね」と言ってあげられるような親になりたいと思いました。
気持ちに寄り添いさえすれば、子供は自然と素直に言いたいことを表現できるように育つものだということを心に刻んでおきます。