【おしゃべりな子供】一方的な言動は心が疲れている証拠!「しつけは親次第で一粒万倍☆共感で自我のバランスを♪」(生後207日)

【おしゃべりな子供】一方的な言動は心が疲れている証拠!「しつけは親次第で一粒万倍☆共感で自我のバランスを♪」(生後207日)

【おしゃべりな子供】一方的な言動は心が疲れている証拠!「しつけは親次第で一粒万倍☆共感で自我のバランスを♪」

生後207日になりました。赤ちゃんもハーフバースデーを過ぎて、もうすぐ7ヶ月も目前となってきました。
もちろん話すことはまだありません。首もすわって寝返りも始まったか?という時期です。

今回は先の未来を想定して、親としての気構え的な記事となっています。
これまで自分の気持ちを素直に表現できる子になってほしく、色々とまとめてきました。




ちょっと視点を変えてお喋りが過ぎる子も、考えようによっては問題があるかもしれないという内容です。
まあ、色々と語ってはいますがバランスというものは大事だなと思ってもらえれば幸いです。

赤ちゃん密着24時(生後207日)

生後207日です。睡眠の方は相変わらず不定期が続いています。
この日は稀にくる夜泣き無しデイです。

前日の21時には寝付いて、そのまま翌朝の6時まで寝てくれました。
離乳食も今の所は順調なのでミルクの回数も1日4回程度になっています。

授乳の回数も自然と減っていっています。このまま断乳しても問題ないような気がしてきました。

時間 尿 便 授乳 その他
0時      
1時        
2時    
3時      
4時        
5時      
6時 1回    
7時 1回 1回 1回 ミルク120cc
8時      
9時 1回   1回 BF
10時 1回     ミルク120cc
11時 1回    
12時      
13時    
14時 1回  
15時     ミルク140cc
16時 1回 1回    
17時 1回    
18時   1回 お風呂
19時        
20時      
21時      
22時        
23時      
合計 8回 2回 2回 重6,800g(前日比-100)【睡眠】約11.5時間 【体温】36.5度 ミルク500cc

この日の離乳食(36日目)

離乳食を開始して約1ヶ月を経過しています。
和光堂サマサマということで、BFに頼り切りではありますが時間的には助かっています。

多少ですが量もいけるようになったので、タンパク質といった栄養のバランスも考えるようになりましした。

赤ちゃんの方も食べることに慣れてきたのではないでしょうかね。

  • かぼちゃとさつまいも(1.5さじ)
  • おさかな(1さじ)
  • おかゆ(3さじ)
  • 麦茶(15ml)



BCG痕経過写真(9日目)

BCG痕の経過9日目です。そんなに変化はないように見えますね。
やはり接種後1日目をピークに、少しずつ腫れはおさまっていくようです。

話し過ぎも困りもの

これまで言いたいことを言えなくなってしまう心理や、素直で優しい子になってくれるためにはどうしたら良いのかを考えて記事にしてきました。

自分の感情を抑え込まずに、素直に表現するということはとても大切なことです。
しかし、バランスというものも大切であり話す必要もないことを人の話を遮ってまで自分勝手に話すというのも困ったものですね。

これは小学校の低学年でありがちな、言いたいことを言いたい放題やりたい放題でクラスの問題児的な子供にありがちです。

先生も自分勝手な言動に振り回されて、自信を失ってしまい休職に追い込まれることだってあります。
これは過度な言い回しではなく「学級崩壊」という自体に発展することだってあるのです。

このような児童と同じクラスになった親にしてみたら、心配でほかなりませんね。
さらに自分の子供がクラスをかき回すような存在になってしまうことを想像してみてもゾッとするはずです。

親としては子供が自分勝手にやりたい放題振る舞うような存在になる前に、原因というものを知っておく必要があるのではないでしょうか。

親が「静かにしなさい」と注意するだけでは収まらなくなったら、これまでの言動を真剣に考える機会をもうけましょう。
素直に、これまでの「しつけ」が間違っていることを認めてあらためる必要があるのです。

喋りだしたら止まらない子供を目の前に、相手をするのもうんざりして諦めてしまったら問題は家庭どころか学校や世の中まで広まってしまうと認識してください。

そして原因が親である自分自身にあることを認められないと「この子は発達障害なのかもしれない」と障害や病気をまず疑ってしまうこともあります。
確かに障害や病気を疑うことも大切かもしれませんが、本当の原因はもしかしたら自分にあるかもしれません。

このことを念頭に、自分勝手に話しすぎる我が子にならないための「しつけの本質」や既にその兆候が出ている子供に対しての対処法について考えていきましょう。

しつけの本質

言葉として「しつけ」というワードを使用しているものの、なかなか本質というべきものを正しく理解して使っている人というのは残念ながらいないという事実が当てはまる場合があります。

私も含めて子供の頃を思い返してみても「目上の人には敬語を使いなさい!」「親の言うことは素直に聞きなさい!」と腑に落ちる意味を教えずに型だけを押し付けられた経験があるのではないでしょうか。

そして押し付け続けられた型が、形となり大人になったときに「なぜ?」「どうして?」という疑問を抱くことなく受け入れてしまった現実に直面します。
古くから継続して続けてきた風習なども「古臭い」「時代じゃない」という言葉で切り捨てられてしまう結果も似たようなものです。

人それぞれ考え方は異なるので、しつけの本質というものを自分なりに考えて語っていきます。

わたしは「しつけ」というものは継続して続けてきたことが、結果的に「しつけ」だったということが本質であると考えています。
それは良い意味でも、悪い意味でも当てはまることです。

そもそも怒る必要もありませんし、声をあらげる必要もありません。
良くも悪くも続けてきた慣習のようなものが、子供の中で定着して固まったものが「しつけ」として形成されるものであると考えます。

必要なのは子供自身が腑に落ちるような「しつけ」をしてあげるのが、良いしつけとして実績をともなうものです。

例えば子供が言うことを聞かないからと、面と向かって呆れるような言動をとったり馬鹿にしたり無視したりという行為を続けることも「しつけ」として実績をともなってしまいます。

親に放ったらかしにされて諦められた子供は、成長すると自分本位のやりたい放題のワガママが「しつけ」として定着してしまうのです。
これとは逆に、腑に落ちるような「しつけ」をせずに一方的に押し付けられ続けた子供は従順な人物として成長を遂げることでしょう。

「脅す」「押し付ける」「恐怖で抑え込む」「縛り付ける」といった行為も、言うならば悪い意味での「しつけ」となりますね。

バランスというものは考えると難しいものかもしれません。
しかし、口やかましく一方的に行う「しつけ」に子供が耳を貸さないのは理解できるはずです。

子供を放置して、目先の仕事や家事もしくは遊びに集中してしまうことも悪い「しつけ」として子供に定着すると問題だということも理解する必要があります。

自然と身についてしまった悪い「しつけ」は自分自身でも気づかないうちに、身に固まってしまいます。
最終的には子供が大きくなって、結婚して子供がうまれたときに同じような「しつけ」をして負のスパイラルなんてこともあり得ることです。

これが良いしつけを伴って継続していけたら、どんな素晴らしいスパイラルが発生するのかは想像できますよね。

では一体親はどうしたら良いのでしょうか。
一方的にならないために出来る対策と、良い「しつけ」となる具体的な方法というものを以降で説明していきます。

一方的は要注意!

さて、ここで今回の記事のテーマである「一方的な言動をとる子供は心が疲れている」ということについて触れていきます。
誤解されてほしくないのですが、別に子供だけでなく人は「超自我」が満たされないと心が疲れてしまうという特徴をもっています。

親が子供に対して睨んだり怒ったりしながら、一方的に子供の反応を無視して言い聞かせるようなことをしたとします。
このような「しつけ」の効果として、子供は相手の気持ちを考えずに一方的に自分のやりたい放題を続けることが正しいことなんだと学ぶことでしょう。

幼い頃からこのような一方的なコミュニケーションしか知らないのですから、大人になっても他の選択肢を思いつくことは出来ません。そうやるしかないのです。

しかし、人間というものは「我」「自我」「超自我」といった3つの心というものを必ず持ち合わせています。

超自我ってなんぞ?自我ってなんぞ?という方は、以下の記事に詳しくまとめてありますので確認してみてください。

3つの心のうちの中でバランスを失い、自分勝手のやりたい放題で満足をしていながら実は内面的には嬉しくない気持ちも少なからず感じています。
言うなれば「我」だけが突出して「超自我」で満足ができていない状態と言えるでしょう。

まだ「しつけ」が未完成な子供であれば、親から押し付けられるアンバランスで一方的なコミュニケーションというものは不自然に感じるはずです。
一方的なコミュニケーションを取る子供も、自分勝手に振る舞いながらも嬉しくない気持ちを抱えて葛藤しています。

成熟してしまうと、人の気持ちに寄り添うことなく自分の話ややりたいことを何の疑問もなく習慣的に行うようになってしまいます。

ここまできてしまうと、何をどうしても空回りするだけですから永遠に心が満ち足りることはないでしょう。
周りの人とのコミュニケーションを絶ってしまうのですから、超自我が満たされることはありません。

結果的に「我」とのバランスとともに「自我」の心を安定させることが出来なくなってしまいます。

心のバランスを失っている子供は、気持ちに寄り添ってくれる行為に飢えています。
相手が嫌がるであろうという考えが至る前に、自分の「我」を通す方法しか思いつかないのです。

具体的な対策や予防方については後述しますが、赤ちゃんのうちからも出来ることがあります。

それは気持ちに寄り添うだけでよいのです。
赤ちゃんが泣いていたら親は、何を訴えているのか一生懸命考えますよね。その行為が気持ちに寄り添うということです。

完璧に赤ちゃんの訴えることを理解していなくても、あれこれと気持ちに答えようと振る舞う行為が「信頼関係」を構築します。
信頼関係が構築していれば、親の言うことを聞こうという気持ちを育みます。

そこで子供が更に、親に共感してもらえていると実感することができれば心のバランスは保たれます。

子供と話が通じない。自分勝手に振る舞うようになりコミュニケーションが一方的にで困っている。
という場面に出くわしたら、子供ではなく疑うべきは親である自分かもしれないという気づきをもってください。

気づくことができれば、少しずつでも子供との接し方を変えていきましょう。

自我を満たしてバランスを♪

自分の感情を抑え込んで言いたいことが言えないような状況というのも、喜ばしい状態ではありません。
これとは逆に言いたい気持ちが収まりつかずに、いつまでも自分勝手に言いたい放題を続けているのに満足できないというのも困りものです。

ひとつハッキリとしているのは、両者ともに心のバランスを失っているということです。
言うなれば心のコントロールを失って暴走しているようなものです。

自分を大切にしたいという心は「我」といいます。
周りの人も大切にしたいという心は「超自我」といいます。

この2つの心のバランスを担っている心である「自我」こそがポイントとなってきます。

自分勝手な人は「我」が暴走しています。
他人の目を気にして自己を抑える傾向がある人は「超自我」が強いといえます。

このようなことから「自我」というものを、どのように満たしてバランスをとることが重要であると理解していただけることでしょう。

そして、大げさと思われるかもしれませんが親自身がこのことを理解して子供を育てるという行為は世直しに繋がります。
一人ひとりが自我のバランスを保つということが、社会全体のバランスにも繋がるということです。

赤ちゃんの頃から培ったの「信頼関係」と、親からの「共感」という気持ちの寄り添う行為によって子供は自我を育みます。

子供の話を遮っていないか。一方的なコミュニケーションを実践していないか。
愛する我が子の未来を大切に考えて、自分自身が意識せずに行っているかもしれない行為について向き合ってみてください。

もし間違っていたことに気づいたとしたら、少しずつやり直せばよいのです。
気づけた自分を誇りに思いつつ、子供と一緒に成長できる喜びを実感することができます。

マイナスを押し付けない

人並みで良いから充実した人生を送ってほしい。と願うのは親として子供に対する思いでしょう。

心も体も元気いっぱいで毎日を過ごす子供を見ていると、目を細めながら親としてのこれまでの子育てを振り返りつつほっこりした気分に浸ることが出来ます。

しかし、すべての親子がこんなふうにうまい具合に居られることはありません。
もしかしたら、順調に日々を過ごしている親子のほうが少ないという事も考えられます。

以前に教育熱心な親ほど注意が必要という記事をまとめたことがあります。


子供のためにと自分の思いだけが先行してしまい、熱心になってプレッシャーを与え続けて窮屈な思いをさせてしまっているという残念な現象です。

自分の思い通りにならないから子供に当たるのは、わがまま放題で自分勝手であり大人な対応とは言えませんね。
子供は子供であり、あなたとは別な人間であることを認識しなければなりません。

親が子供に対して投げかける言葉や言動は、正確に理解できないまでも子供はイメージとして人間に備わった直感力で感じ取っています。
実は子供は大人よりも、右脳でのイメージを感じ取る力に長けています。そのうえ敏感なのです。

動物は警戒すべき相手なのかを、敏感に感じ取ります。子供も同様と考えてください。
親が荒んでいれば、子も警戒して心穏やかではいられません。

これまで習慣的にマイナス思考で過ごしていると、簡単にはプラス思考に切り替えることは出来ないかもしれません。
大切なのは、子供の気持ちに寄り添って「共感」と「尊重」の心で接するだけです。

そこを放棄して自分の気持ちを優先して、マイナスイメージで子供を塗り固めることだけは避けましょう。
のびのびと明るく育って欲しいのであれば、子供を信じて傍に寄り添ってあげるだけで変わっていきます。

子供に素直で優しく、言いたいことを言えるようになってほしければ親もそうなることが一番の効力です。

責任を押し付けたり、なすつけあって生きていませんか?
手柄を横取りするような行為をしていませんか?

理想を押し付ける。規則で縛り付ける。

それらはすべてマイナスイメージを塗り固める行為です。
ネガティブ思考の原因のほとんどは親にあります。

言いたいことが言えない子は、言いたいことを聞いてもらえない環境にあります。
親としての信頼関係を取り戻しつつ、お互いに尊重しあって子供と一緒に変わっていきましょう。

プラスが生きる力になる

天真爛漫で前向きに、日々を明るく全力で生きている子供というものは何だか全てを悟った高僧のようにもみえてきます。

こだわるものもなく、好きなものに対して全力です。
自分と同じ方向を向いている人に対しても、常に親しみを感じて喜びを感じて生きています。

ポジティブに大人になっても生きていける人というものは限られてくるかもしれません。

しかしながら赤ちゃんの頃から、幼少期にかけての親の接し方で自然と身につくものもあります。

プラス思考も、マイナス思考も自分に落とし込んで慣れてしまうと良くも悪くも簡単に身についてしまいます。
親はそのキッカケを作ってあげるだけでよいのです。

言葉にしてもプラス思考にもっていける「マジック」が存在します。

簡単な例をあげると「でも」や「だけれども」といった接続詞の後に続く文章にはマイナスな流れが潜んでいることがあります。
一方の「それに」「それなのに」という言葉は、プラスの方向にもっていきやすい接続詞といえますね。

お母さんはいつも疲れている。それなのに、いつもご飯を作ってくれて有り難い。
お母さんはいつも疲れている。でも、僕はいつも何もしてあげられない。

前者のほうが気持ちが前向きになるのは明らかです。

このように、ちょっと言葉に気をつけるだけでプラスの雰囲気を出すことは可能です。
毎日、日々を前向きに生きていくなんて不可能ですが嫌なことがあってもプラスの方向をむいて生きていくことは出来ます。

そのためには、親は「理屈」ではないということを理解する必要があります。
ここでプラスの言葉を使うという例を上げはしましたが、それに固執する必要は全くありません。

子供に無理強いをすればするほど、子供との距離はどんどん離れていってしまいます。
まずは子供が明るく反応するような雰囲気づくりに徹してみてください。

温かい気持ちやなごんだ気持ちは、人を素直にしてくれます。

無縄自縛に陥っている親ほど、マイナスイメージを子供に押し付けていることに気が付きません。
それに準じて子供も、心を許すことなくいつも気構えて生活しています。

「何か困ったことない?」「嫌なことがあったらちゃんと話すのよ!」と無理やり心の扉を開こうとしていませんか?
そんなことより、子供の心に寄り添うような姿勢をみせるだけでプラスのイメージをあたえてあげることができますよ。

やり方は人それぞれで良いのです。
そもそも親が子供の悩みを解決してあげようと力む必要があるのかを考えてみてください。

子供は子供自身で解決することが出来る力を備えています。
親にいればどうとでもなる。自分の頭で対処することを諦めた子供の末路を考えてみてください。

不平不満を言い合うような家族には、マイナスイメージが蔓延しています。

言いたいことを言えるような家庭を目指すのであれば、子供との信頼関係を重視してプラスイメージを蔓延させましょう。
いつも気持ちに寄り添って、共感してあげられるような家族であれば子供も自然と声をあげることが出来る雰囲気になるはずです。

今一度、子供との関係性を見直してみてはいかがでしょうか。


生後207日まとめ

さて生後207日目でした。今回は人に備わる3つの自我という心のバランスに焦点をあてながら、子供との関わり方について考えてみました。

一方的なコミュニケーションのとり方が、どれほど子供にとって残念な「しつけ」となってしまうのか私もよく理解することができました。
まだ赤ちゃんではありますが、信頼関係の構築のために出来ることはありそうです。

もう少し成長したときに、話が通じなかったり自分のことばかり話すようになっても焦らずにお互いに成長できるチャンスとして捉えたいですね。

子供の問題を障害や病気、個性だと曖昧でグレーな判断基準で対処するのは容易です。
親としての自分を否定することになるという、隔たったプライドは子供だけでなく自分自身のためにはなりません。

一方的な会話というものは大人の世界でも存在することです。
社会と円滑に、そしてストレスなく生きていくための手法として自分なりのやり方を模索していってもらえたら幸いです。